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世界の軍服紹介〜ドイツ

世界の軍服紹介〜ドイツ

ドイツの軍服と言えば、ナチスドイツ時代のそれを無視するわけにはいきません。独特のテイストを持つ制服や野戦服を着た軍人、兵士の姿は多くの映画にも登場します。今回は第二次世界大戦時に鮮烈なイメージを残し、その後、新たに連邦軍として再編されたドイツの軍服について解説します。

「黒服」に代表されるナチスドイツの印象が鮮烈なドイツ軍服

ドイツ国防軍の中でも武装親衛隊(武装SS)の制服は、とりわけ独自の価値観と美意識によってデザインされたものでした。最も有名な軍服は1932年から採用されたM32勤務服=通称「黒服」でしょう。これは一般SS隊員が着る親衛隊の制服でした。
ジャケットは開襟式で、フロントは4つボタン、フリップポケットが胸と腰に計4つ備えられています。肩章は右肩にのみ、襟章は左右に付いていました。左上腕には赤いハーケンクロイツの腕章を巻き、斜革付きのベルトに短剣を下げるのが通常スタイル。ジャケットや乗馬ズボン、ブーツ、ベルト、ネクタイ、制帽は黒で統一され、下に着るシャツのみが褐色でした。

また、武装SSは、野戦服として迷彩服を初めて正式に採用した部隊だと知られています。ナチスドイツでは迷彩服の研究は1935年から始まり、1937年末には世界初の迷彩スモックが誕生、1944年には上衣とパンツがそろった迷彩服が登場しました。

陸軍……かつての国防軍の野戦服と、現在の連邦軍の戦闘服

第二次世界大戦時のドイツ国防軍の陸軍歩兵の姿は、見ればすぐにナチスドイツ軍だとわかるものでした。通常軍装を兼ねていた野戦服は何度かデザインが変更されていますが、ポピュラーなのはM36野戦服というものです。

M36野戦服はフィールドグレーと呼ばれる色を基調としたカラーリングで、詰め襟と肩章はダークグリーン、前ボタンが5つ並び、フリップポケットが胸と腰に計4つ、右胸ポケットの上には鷲章が付いています。また、腰にはアンモポーチというウエストバッグを巻き、ヘルメットは鉄兜とも呼ばれる1935年型を着用していました。

ただし、戦争が推移していくと1942年にはポケットのプリーツがなくなり、1943年にはデザインが簡略化されて、素材もレーヨンを加えた粗雑なものになっていきます。

現在のドイツ連邦軍陸軍の戦闘服は、当時とはガラリと変わった迷彩戦闘服。中でもドイツ陸軍はフレックターン迷彩を採用していることで知られています。フレックターン迷彩とは不規則なシミのような迷彩模様で、森林迷彩のほか、砂漠、熱帯など環境に応じた仕様のものが存在します。

海軍……国防軍の軍服とも似た連邦軍のジャケットスタイル

第二次世界大戦におけるドイツ国防軍海軍の軍服は、19世紀半ばから続く海軍の伝統を継承したもの。正装、パレード礼装、通常軍装のほか、夜会服や晩餐服、スポーツ服に至るまで、細かく用途別に軍服が用意されていました。例えば将校用の通常軍装は、濃紺のダブルのジャケットにスラックスというスタイルで、ジャケットの両袖には階級を示す金ラインが入っているものです。

現代のドイツ連邦軍海軍は軍服の一新がされましたが、将校用の冬服などを見ると、やはり第二次大戦時のデザインを踏襲したものになっています。色は黒ですが、ダブルのジャケットにスラックス、ジャケットの両袖には金ラインと星をあしらった袖章が付いており、制帽、ワイシャツ、ネクタイを着用するのも似たデザインになっています。

空軍……かつての威厳から質実さへと印象が変わった制服

第二次世界大戦時のドイツ国防軍空軍の軍服では、トゥーフロックと呼ばれる丈が長めのチュニックが知られています。Vゾーンは開襟型で、襟章と階級肩章が付いており、色はブルーグレー。前ボタンは4つで、フリップポケットも胸と腰に計4つ、上からベルトを締めてホルスターに収めた拳銃を付けるスタイルがよく見られました。

ドイツ連邦軍空軍の制服もこれと少し似ており、色はブルーでジャケットは開襟型、4つボタン、4つポケット、襟章と肩章も付いています。ただし、ベルトを上から締める着方はしないというのが大きな違いです。構成は国防軍の軍服に近くとも、全体的な印象は旅客機のパイロットなどの制服にも似た地味なものと言えるでしょう。

ナチスドイツ時代のイメージが強いドイツの軍服ですが、実はいわゆる黒服が実際に着用されていたのは、1932年から1935年くらいまでのわずかな期間しかありません。特殊な軍服なので記憶に残りやすいかもしれませんが、これからは現在のドイツ連邦軍の制服のイメージが、徐々に浸透していくのかもしれません。